脳出血した中高年のための怪談100物語 → 鈴木誠の怪談100物語の タイトルで小説投稿サイト、アルファポリスと同時更新中です。 サイドバーに「アルファポリスリンク」へのリンクがあります。 広告

2017年、見舞い紀行。今年の私は、病院にばかり行く。

このブログで何度も何度も書いていますが、今年、私は脳出血で入院しました。

四十六年の人生の中で、最大の大病でした。

後遺症も残りました。

ある意味、人生の節目になったと思います。

そこで経験した入院生活で読書の大切さを痛感して、このブログを始めました。

ま、それはそれとして、私の周囲にいる人たちも、今年は入院することが多かったです。

いま現在も入院していて、週に何度か私が見舞いに行っている友人もいます。

その彼の病気は、精神病です。

今年、彼は長く患っている精神病の症状がひどくなって、ここ数年、契約社員をしていた会社から契約を打ち切られました。

精神病以前に生まれながら、知的障害のある彼は、退職後、知的障害者の就労支援施設へ通うようになりました。

いまは、精神病院に入院しているので、就労施設も休んでいます。

彼はまだ三十代前半です。

私は、彼が結婚する時に仲人のようなことをする縁があり、それから彼と親しく関わってきました。

仕事がらみというか、長年、引きこもりや精神障害者の人を援助する活動をしてきたので、彼と付き合うことにも抵抗はありませんでした。

私自身も、いまから三十年以上前に精神科の病院へ通っていたことがあります。

しかし、自分を含めて数人の患者さんをみてきた私からしても、彼の症状はなかなか重く、たしかにこれでは一般の会社では働けないな、と納得せざるを負えないものでした。

精神病の患者さんとふれ合うと、その人の健全な時を知っているほど、病気の症状がでている本人と会うのが、つらく、切なくなります。

もともとの知的障害のうえに、統合失調症の病状が重なると、彼は挙動不審で、言動が怪しくなり、奇声をあげウロウロしだし、手がつけられません。

医者の見立てとしては、知的障害者として生まれて、貧困だったり、いじめだったりする劣悪な環境で生きてきたのが、彼のストレスになって精神病を発症している、のだそうです。

私は、精神病の部分は医師の治療や薬物の力で、精神病はなんとか抑えることができたとして、彼の知的障害は、回復するのは難しいのだろうか? と思います。

知的障害者の彼にとって現実社会で生きるのはきびしいです。

知的障害は治るものじゃない。と多くのお医者様は言います。

きみは普通の生活はできないんだよ、とまで言う方もいます。

私には、幼い知的障害者の子たちの知り合いもいますが、その子たちのお母さん方は、自分の子の可能性を少しでも伸ばそうと一生懸命です。

きみは障害があるから、努力してもムダだよ。と、伝えるのと、それでも、少しでも可能性を信じて、子供と一緒にがんばるのと、どちらがよいのだろうと、僕は悩みます。

実際には、私は、障害のある友人と一緒に頑張る方です。

あきらめさせてあげた方が、本人にとっては楽なのかもしれませんが、本人がチャレンジする気がある時に、やめとけ、とは言えません。

今回のブログで語っている知的障害者の彼は、いまの入院がこれまでの人生の中で、一番、精神病の症状が悪いそうです。

投与されている薬が強いせいか、毎日のよう会いに行っている私のことさえも、記憶がおぼつかなくなっています。

彼以外にも精神病者の知り合いはいます。

最近では自殺未遂を繰り返して、強制入院させられてしまった人もいます。

くらべるわけではないですが、それでも私はいま、知的障害と精神病で苦しんでいる彼が非常に気になるのです。

夏に私が入院していた時には、まだ元気だった彼は電車を乗り継いで二時間かけて私がいた病院まで一人で見舞いにきてくれました。

病室のベットで死んでいるように生きていた私は、彼に大いに励まされました。

いま、私が見舞いに行くと、彼は、泣きます。

自分で自分をどうしたらいいのか、わからないそうなのです。

医師に、がんばっちゃだめだ、とすすめられて、余計にどうすればいいのか、わからなくなったようです。

がんばれ、と励ますと、はい、と答えて喜んでくれます。

がんばろうとすることで生まれる元気もあるのだと思います。

知的障害で精神病者の彼も彼なりに頑張って生きてきたから、いまがあるのです。

彼の頑張りが、すべてムダだとは僕にはとても思えません。

すこし先の話ですが、今年の大みそか、十二月三十一日に、私は彼と名古屋ドームへB'zのLIVEへ行く予定です。すでにチケットは買ってあります。

彼の奥さんも一緒に三人で行こうと思っています。

こんな約束をして、彼を励ますのは、よくないことなのでしょうか?

一緒にB'zを歌って、明るく年を終わらせようとするのは、無謀なのでしょうか?

これくらいの希望でさえ、知的障害の精神病者は、持たない方がいいのですか?

私はそうは思いません。

結果として果たせなくても、彼にも夢や希望を持つ権利はあると思いますし、それを叶えるために周囲が協力してあげるのも当然アリです。

いやいやそれは理想であって、彼には強い薬をたっぷり飲んでもらって半分寝ているような状態で大みそかをすごすのが、幸せなのだよ。と、言われても、納得できません。

なんだか、ここまで書いたら、道理のわからない駄々っ子のたわ言のようになってしまいましたが、それでも私は、これからも彼を応援していきたい、と思います。

ここまで、お付き合いくださって、ありがとうございました。

今日は以上です。

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