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AIの遺電子 山田胡瓜 秋田書店 少年チャンピオン・コミックス

友人から、おまえは秋田書店のマンガばかり読む、そんなに秋田書店が好きなのか? と言われたことがあります。

別に、レーベルでマンガを選んでいるわけじゃないのですけど、たしかにこれ、おもしろいな、と思うと、秋田書店の本だったりするのが多いです。

以前にあげた「鉄鍋のジャン!」も、もともとは秋田書店週刊少年チャンピオンに連載されていたし、子供の頃から「ドカベン」は好きだし、「バキ」も、「弱虫ペダル」もチャンピオンですよね。晩年の手塚治虫の「七色いんこ」もチャンピオンで読んでました。(「七色インコ」といえば、稲垣五郎が舞台で演じた「七色いんこ」の映像って、どこかにないんでしょうか? 「七色いんこ」ファンなので、ぜひ、みたいです)

さて、そこで一部で人気が高く、評価も高いらしい「AIの遺電子」です。

最初に書いてしまうと、地味だけど、いいマンガなので、読んで損はないですよ、と。

もともと最近の私は、漫画の新作を丹念に追ったりはしていなくて、コンビニで立ち読みするのも、チャンピオンとヤングキングというマイナーな二誌だけです。

入院していた時に、マンガを読むのが脳のリハビリに良いとすすめられたので、妻にお願いして、病室に買ってきてもらったのが、「AIの遺電子」の一巻でした。

この作品を知ったきっかけも、入院中に病室で読んだ東京創元社の年間日本SF傑作選「行き先は特異点」に 「AIの遺電子」の1エピソードが載っていて、これ、おもしろいな、と思ったのがはじまりでした。

「AIの遺電子」は近未来の日本を舞台にした1話完結のSFマンガです。

「未来版ブラックジャック」みたいな宣伝もされていますが、「ブラックジャック」ほどケレンミはありません。

一応の主人公は、ヒューマノイド専門の医者、須藤ですが、毎回、彼が大活躍するわけでもなく、「ブレードランナー」のレプリカント的な存在として合法的に社会に存在しているヒューマノイドたちが人間と共存していく中で起きる普通の暮らしの日常的なエピソードを毎回、ていねいに取り上げています。

たしか、この世界には、人間とヒューマノイドとアンドロイド、ロボットみたいのもいて、それらすべてのうえに神のごとき知性を持つ、超高性能AIもいたはずです。

細かい設定はおいておいても、この作品が描きたいのは近未来の一般の人たちの人情話で、ずば抜けたヒーローも美形キャラもほぼ登場しません。小説でいえな、森博嗣の作品群のように微温な感じです。

こんなマンガが毎週一話連載するところが、さすがチャンピオンだと思います。

週刊チャンピオンでの連載はもう終了して、コミックスも全8巻で「AIの遺電子」は完結しています。

現在は続編の「AIの遺電子 RED QUEEN」が月刊誌「別冊 少年チャンピオン」に連載されています。こちらはこれまでとは少しティストをかえて、ややドラマチックになっていますね。

実際、「AIの遺電子」の作品の中で何度も語られているのですが、技術が進歩して、人工知能であれなんであれ、人間以上に人間らしいものが生まれてきた時、それに人間性を認めてしまっていいのだろうか? 我々はそれを人として認められるか? 否か? という問題に、この作品は真正面から取り組んでいます。

「AIの遺電子」を最近のSFはそんなとこまでテーマにするようになってきてるんだなぁ、と感心していたら、「ブレードランナー2049」もそれについての物語だったので、AIの自我だったり人権問題というのは、こうしてSFの本やマンガ、映画で語られた後、今後、現実の社会問題となっていくんだろうな、とぼんやりと認識しています。

話が思いきり横にずれますが、以前、東京で「いもうとや」という、「いもうと」みたいな感じの少女を売りものにする、グッズ屋さんを発見して、驚きました。しかし、あれに大枚を払う人も存在するわけで、そうなると相手が、レプリカントでもAIでも好きになって愛してしまう人間は、絶対に現れると思います。

ペットの犬やネコは家族だと、言う人もいるわけですし。

「AIの遺電子」に限りませんが、私がSF作品を好きで、ある意味、尊敬もしているのは、こうして、フィクションを通じて、SFは未来を見通してしまうことが多々あります。

かって、スピルバーグ監督、トム・クルーズ主演の「マイノリティレポート」が制作された時、スピルバーグシンクタンクに依頼して、ありうべく近未来のテクノロジーを創造、デザインしました。あの映画が作られた当時は夢の技術だったタッチパネルやVRは、いまや、誰でも大型家電漣で購入できるようになりました。

「マトリクス」が公開された当時はいまいちピンとこなかった情報のインストールも、インターネットが広まり、検索やダウンロードは誰でも使う技術になりました。

子供の頃からそうした例をたくさん見てきたので、私はSFをバカにしません。

「AIの遺電子」は紛れもないSFです。

ほんの少し先の未来を感じたくなったら、いまなら、そこに未来が待ってます。

ある意味、時代と並走するようなスリリングな読書をあなたへ。

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