脳出血した中高年のための怪談100物語 → 鈴木誠の怪談100物語の タイトルで小説投稿サイト、アルファポリスと同時更新中です。 サイドバーに「アルファポリスリンク」へのリンクがあります。 広告

いおちゃん(加筆修正版)

   一、 

 菅原信良 三十三歳が収監されたのは、その年の年末だった。
(ムショに初めて入ったのは、いつだったか、もう忘れてた。
いつでもそうだけどさ、今回の懲役も僕は喰らうつもりはなかった。
 いまの僕はシャバを離れるわけにはいかない。
 だって僕は、AUC(Avant de devenir un adulte filles Club略してAUC 仏語で、大人になる前の少女たちのクラブって意味)のファンクラブの会員だし、AUCの活動を応援してあげなくちゃ。
 AUCのメンバー全員も大切だけど、一番大事なのは、もちろん蒼月いおちゃんだ。
 蒼月(あおつき)いお。愛称いおちゃん。本名は、荒木伊織。長崎県出身。身長百六十ハセンチ、血液型B型。誕生日五月一日。おうし座。七歳から芸能活動を開始。
 AUCのメンバーの中で最年少(十五歳)だけど、芸能界のキャリアは長い、ずっと売れないまま、映画やTV の子役でちょこちょこ出演したりしていた。
 将来の夢は女優になること、AUCのメンバーの中で一番、プロ根性があると言われている。
 僕の夢は、いおちゃんと結婚することだ。
 これはマスコミが流さない情報なんだが、いおちゃんの父親は長い懲役についている極道らしい。つまり、彼女は、僕のようなハンパものに親近感を持ってくれる可能性がある。他のファンのやつらの何倍もいおちゃんへの愛を示せば、いおちゃんは、僕を認めてくれるはずだ。
 だからこそ、僕は、窃盗なんてチンケな罪で三年六ヶ月も刑務所にいるわけにはいかない。
いおちゃんに会いたい。
 いや会わなくちゃいけない。僕といおちゃんの将来のためにも、二人はここで離ればなれになるわけにはいかないんだ。
 AUCのLIVEへ行きたい。イベントへ行きたい。
 僕はどうすればいいんだ。
 脱走すればいいのか、それともなにか、ここを早く出る方法はないのか)
信良は、アイドルグループAUCのメンバー蒼月いおの熱狂的ファンだ。
 信良の三十三年の人生の中で、一つのことにこれほど夢中になるのは初めてである。
 ファンクラブに入ったのも、LIVEやイベントへ行ったのも、AUCだけ。
 ろくにいかないまま中学を卒業した後、家出してから、犯罪による逮捕、収監と一般社会での短い生活を繰り返してここまできた。
 半年ほど前、たまたま当時、寝ぐらの一つにしていた健康センターのTVでAUCを見て、脳裏に稲妻が走った。
 一瞬で、この女のために僕は生きたい!! と思い込んだ。
「蒼月いおを抱きしめたい」
「いおちゃんのためなら、なんでもできる。」
いおちゃんの情報を得るために、ファンクラブに入会して、本当は欲しくもない友達をつくるなんてこともした。
 結局、まともに働かずに、毎日、AUCを応援するだけの生活を続けていくには、窃盗を繰り返すしかなく、やがて逮捕されてしまった。
 しかし、信良はなにも反省していない。
 これは、いおを愛する自分に訪れた試練だと考えている。
 刑務所での生活は、一見、平穏に過ぎていった。
 信良は連日、いおのことばかり考えていたが、それを口にしたりはしなかった。
(刑務所にいる犯罪者はみんな危険だ。こんな連中に、いおちゃんを知って欲しくない)
 少年院の頃からの長年の施設暮らしの経験があるので、信良は日々を大過なくすごすことができた。
 そんなある日、信良に面会者がやってきた。
 家族とはとうの昔に音信不通になっていて、自分についた国選の弁護士とも会うことは、ほとんどなく、これまで信良の刑務所生活で面会を希望する人間などきたことはなかった。
 面会希望者の名前は、望月孝義。ごく普通の会社員だという。
(望月孝義って言えば、AUCのファンクラブのメンバーで、AUCのイベントやファンクラブの旅行で一緒になったやつだな、あいつ、AUCのファンクラブで出会った友達とは一生、付き合っていきたいとか言ってた気がする。
 本気、だったのか。
 とにかく、いおちゃんの情報が欲しい)
面会室で強化プラスチィックの板を挟んで、信良と孝義は数ヶ月振りに顔を合わせた。
 孝義は以前、会った時と変わらず、地味なスーツ、ワイシャッ、ネクタイの痩せたサラリーマンだった。
 AUCのLIVEやイベントの時には、この上にハッピや特攻服を着ているが、基本は同じ服装である。眼鏡をかけたまじめそうな中年男だ。
「やあ。しばらく顔を見なかったから、ネットで調べて菅原さんが逮捕されたって知って、びっくりしたよ。
 それで、いろいろ考えたんだけど、心配になって」
「ありがとう。僕は大丈夫です。それよりも、いおちゃんは?」
 信良は望月のつまらない顔を一瞬、眺めただけで、自分が刑務所に入ってからのいおがどうだったのか、それを聞きたくてたまらなくなっていた。
 無事なのか、異常はないのか。AUCに変化はないのか、気になってたまらない。
「ああ。安心してくれ。いおちゃんは無事だ」
孝義は、しっかりとそう答えると、深く頷いた。
「望月さん、僕はそれだけがずっと心配で、毎日、いおちゃんのことばかり考えていて。
 望月さん、頼む!僕がシャバに戻るまで、いおちゃんを守ってくれ。お願いだ!!」
 信良はつい叫んでいた。
 これまで抑えてきた感情が一気に吹きだした感じだ。
 二人のやりとりを見守っていた刑務官が、席を立ち、信良の横へきて肩を掴んだ。
「す、すいません」
 刑務官にふれられて、信良は己を取り戻した。
 気がつけば、いつの間にか頬が涙で濡れている。
 信良を見つめる孝義の目も、分厚いレンズごしに濡れていた。
(望月は、僕の気持ちをわかってる。
 望月は、僕と同じだ。
 望月は、サラリーマンで一生懸命仕事をして、ボーナスも給料もほとんどをAUCの応援につぎこんでるって言ってた。
 僕は、一生懸命、泥棒して盗んだ物を換金して、そのお金をAUCの応援につぎ込んだ。
 生れ育った環境や境遇が違うだけで、僕と望月は同じだ。
 望月。お前は、僕の仲間だ)
 孝義はなにも言わず、涙を流しながら、何度も何度も繰りかえし首を縦に振った。
 面会時間が過ぎ、刑務官に促されて信良が退席するまで、孝義は首を振り続けた。
 孝義と会ったその夜、信良は刑務所で博士と出会った。

 

   二、

 信良が孝義のマンションを訪ねたのは、孝義の処分が不起訴に終わってから、数か月後だった。
「やあ、菅原さん。ひさしぶりだね。心配かけて、ごめん」
今回の件でアイドル暴行犯として、マスコミに広く報道された孝義は、どこかすっきりした顔をしていた。
 望月孝義は、写真週刊誌に、蒼月いおとの密会をスクープされた男性アイドル筑波つばさを単独で襲撃し、全治二週間のケガを負わせた容疑で逮捕されたのだ。
 結局、不起訴処分で終わったが、一芸能人として考えると、蒼月いおよりも、よほど知名度が高く、多くのファンを持つ、つばさを襲ったことで、孝義はいまや大有名人になっていた。
 刑務所を出所してからは、アルバイトをしながら、自分の時間を大事にして、おとなしく暮らしていた菅原信良もTVでの報道を見るうちに、孝義が心配になってこうして会いにきたのだ。
「望月さん、お久しぶりです。
 連絡しなくてすいませんでした。
 僕、刑務所である博士に出会って、博士は、同じ受刑者の人なんですけど、その人にいろいろ教えて頂いて、それに夢中になってて、こっちのいおちゃんのことは、望月さんに任せておけば大丈夫だって信じてて、まさか、望月さんが」
「まぁまぁまぁ、中へ入ってよ。
 俺も菅原さんと連絡取れなくて、ずっと気になってたんだよ。
 AUCのファンクラブもやめちゃったままだったし、どこか遠くへ行っちゃったのかと思ったよ」
(行っちゃってましたよ。気持ちははるか遠くへね)
孝義に案内されて、信良は、きれいに片付いた彼の部屋のリビングのソファーに腰をおろした。
「この部屋、前はAUCのグッズがたくさん置いてあったんだけど、ポスターも全部はがしたし、グッズは処分したよ。
 俺は今回の件で誰よりも同じAUCファンのみんなに申し訳ないことをしたと思ってるんだ。
 俺は、いおちゃんが、好きだ。
 でも、だからといって彼女が一女性と親しくなった男性に暴力を振るう権利なんか俺にはない。
 いくら応援していたって、それはファンとして絶対にやっちゃいけないことだったんだ」
(望月さん。あんたはなにも悪くないよ。
 筑波つばさってやつがファンや他の芸能人にもひょいひょい手をだす、ツラがいいだけのクソ野郎だってのは、TVのワイドショーなんかで僕もよく知っています。
 僕が、筑波の側にいたらきっと殺してた)
「望月さんは、なんにも悪くないですよ。
当たり前のことをしただけです。筑波に日頃の行いを抗議して、あいつがヘラヘラしてたんで、二三発、殴っただけですよね。
 そんなのAUCのファンなら誰でもやりますよ」
この問題について、信良は、孝義にはまっく非はないと思っている。
(責められるのは、事務所だ。
 いおちゃんみたいな天使を預かっているんだから、ヘンなのが寄ってこないように、しっかり守らなきゃいけないのに。
 あんな男が近づいて雑誌にスクープまでされるなんて、望月さんは、AUCファンみんなの声を代表してやってくれたんだ。
 ファンも事務所も、勇気ある行動に感謝すべきだ)
「いやいやいやいや。反省してるよ。
社会人として四十過ぎの、五十近い男として、俺はAUCに夢中になりすぎてたよ。
 筑波さんの後をストーカーみたいに追いかけたりしてさ。
 力づくで直談判までして、自分で自分に呆れるよ。
 起訴されなかったのも、彼の方から警察に、大目にみてくれって言ってくれたかららしくてさ。
 俺も、彼といおちゃんの両方に詫び状を書いたよ。
 返事はきてないけどね。読んでくれてるといいな」
(詫び状? あれで詫び状を書く必要があるなら、僕は、望月さんは、謝らなければならない。
 僕は、望月さんたちAUCファンのみんなに内緒で、いおちゃんにとんでもないことをしてしまった)
「望月さん。すいませんでした!!」
いきなり、フローリングの床に降りて土下座した信良に、孝義は目をまるくした。
「菅原さん。突然、どうしたの? やめてよ。俺ときみは仲間だったはずだろ。謝るのは俺の方だよ」
「違うんです。僕は、謝んなきゃいけないんです。
 僕、いおちゃんとキスしました。 
 Hもしました。
 何度もしました。
 僕が初めての相手だったんで、いおちゃんだんだんHもおぼえて、いやらしいことも好きになってくれました」
(僕は世界の誰より蒼月いおとHした男だ。まだ妊娠はさせてないけど)
「菅原さん。なに、言ってるの?
ねぇ。俺はたしかにファン失格の行動をした男だけど、でも、俺は、俺だって、AUCが、いおちゃんが大好きで、ねぇ、なぁ、菅原さん、それは知ってるはずだろう、だったら、だったら」
 ぶつぶつとつぶやき続ける孝義の前で、信良は頭を下げ続けた。
 孝義になら殴られても文句を言う気はなかった。
(望月さん。すみません。
 僕はいおちゃんとHしました。
 一緒に暮らしてます。望月さん。他のファンのみんな、すみません)
土下座し続ける信良とつぶやくのをやめない孝義。
 そのまま数分間が過ぎた。
 そこに蒼月いおのソロデビュー曲、「ブルームーンで会いましょう」のイントロが響いた。
 信良のスマホの着うただ。
 信良は土下座した格好のまま、上着に手を入れ、自分のスマホを取り出すと、孝義にそれを渡した。
「いおちゃんからです。でてください」
孝義は黙ってスマホを受け取り、電話にでた。
「もしもし、菅原信良さんのスマホですよね?」
 少しふわふわした感じの、それでいて涼しげな若い女性の声。
「いお、ちゃん?」
 孝義はつぶやいていた。
 これまで何度もLIVEで、CDで聞いてきた声だった。
 間違いようがない。
「はぁい、蒼月いおです。あなたは、望月孝義さんですね?いつも応援ありがとう!!」
握手会や他のイベントで会う時と同じイントネーションでそう言われて、孝義はなにも言えくなった。
「もしもーし、望月さぁん?
 なんかしゃべってくださぁい。いお、困りますよぉ。 
 あのー、そちらに菅原さんがお邪魔してますよねぇ?
 くわしい事情は、菅原さんに聞いていただくとして、いおは望月さんにお会いしたいですよ。望月さんはいおのこと嫌いですかぁ?」
「そ、そんなわけあるわけないじゃないか!」
 孝義はようやく声を絞り出した。
 会話の途中なのに、スマホを信良へ返す。
「菅原くん、これはなんだ?
 この人は誰だ?」
 信良はようやく顔をあげた。
「蒼月いおちゃんに決まってるじゃないですか。
 僕はいおちゃんを創ったんですよ。
 刑務所で知り合った博士に教えて頂いたんですよ。
 理想の人間の創り方を」
 信良の言葉を孝義は、否定しなかった。
 黙って続きを待っている感じだ。
「望月さん。いまから僕の部屋へきてもらえますか?
 いおちゃんもあなたに会いたがっているし、僕もあなたに会って欲しい。
 それに、僕には残された時間は少ないんです」

 

   三、

(いおちゃんをいおちゃんに会わせるには、僕一人の力じゃムリだ。
 でも、それがいおちゃんの願いだったら、僕は叶えてあげないといけない。
 望月さんなら、きっと力になってくれる)
 孝義を自分のアパートへ連れて帰り、いおと対面させた信良は、そのまま、その晩はいおと孝義を二人きりにさせ、自分は近所のネカフェで一夜を過ごした。
 翌朝、晴れて蒼月いおと結ばれた孝義は、自分はこれまで童貞だったと信良に告白した。
「死ぬまでこのままでもよかったんだけど、いおちゃんにどうしてもって言われたら、やっぱり断れないよ」
 孝義は、うれしそうで、そして、恥ずかしそうだった。
(いおちゃんを通じて、望月さんと僕は身も心も兄弟になれた。よかった)
 信良が蒼月いおと暮らすようになったくわしい話を、信良はできる限りわかりやすく説明したつもりだったが、孝義はやはり納得できなくて、なんども信良に聞き返してきた。
「つまり、刑務所にいたその博士が、人間を作る方法を知ってたんだな?」
「僕以外は、刑務所にいた人間は誰も信じてなかったけど、博士はまるで魔法使いだった」
「これは、魔法なのか?」
「違う。オーバーテクノロジーだって言ってた。
 高度に発達しすぎた科学は、無知なものには魔法にしか見えないって」
「どっちなんだよ!?」
「僕にはわからない。
けど、博士の言う通りにしたら、本当にできたんだ。
 博士の方法は、いおちゃんの髪の毛を集めたり、死体を集めたり、人間の血を使ったり、材料を集めるだけでも大変だった。
 僕がいおちゃんと同じB型でほんとによかった。
 気が狂いそうになるようなことをたくさんしたよ。
 でも、僕はいおちゃんを手に入れた。
 僕も望月さんも、いおちゃんと結ばれたんだ。
 ただ僕の体はぼろぼろになっちゃってて、もう長生きできないみたいだけど、それでもいいんだ。
 いおちゃんは、ずっとこのまま、生き続ける。彼女は奇跡だ。
 もし、いおちゃんが生まれたら、最高傑作だって博士も言ってた」

 信良の話を聞きながら、孝義は首を傾げる。
「これで、ここに本当にいおちゃんがいなかったら、菅原さんの話は俺も信じられないよ。けど、いおちゃんいるんだよな」
 信良のアパートに同居しているのは、まぎれもなく本物の蒼月いおだった。
 見て、話して、ふれても熱狂的ファンの信良と孝義が本物だと認めるしかないのだ。
(望月さんが面会に来た夜、誰かから僕のファンぶりを聞きつけた博士が話しかけてきたんだ。
 この星にはない技術を使えば、蒼月いおをお前のものにできるぞ、おまえ自身の寿命は縮むがそれでもいいか? 
 僕は、あまり深く考えずに、頷いた。
 それが本当ならなんでもよかった。
 博士はひどい年寄りでいつ死んでもおかしくない感じだった。
 どんな犯罪で収監されているのか、出所の予定はまったくないらしかった。
 いままで他の誰も犯していないし、これからも誰にも犯せないだろう罪を遠い昔に犯してしまったって、博士は言ってた。
 博士は、僕が刑務所にいる三年六ヵ月間で、僕に知識を教え込んでくれた。
人間の創り方。
僕は刑務所をでてから、一人でそれを実行した。
 あれから博士に会っていないけど、ずべては博士が教えてくれた通りになっている)
 信良と一緒に暮らしているいおを本物の、というかもともといる蒼月いおに対面させるのは、いおの所属しているAUCの握手会へ行くのが一番、手っ取り早い。
 二人は協力して、いおをいおの前に連れて行くことに決めた。
 しかし、いおといおが対面するまでは、コートを着て、マスクをして顔を隠し、いおであるのを隠しておかないと騒ぎになってしまう。
 孝義は、AUCのファンクラブ時代の信頼できる仲間に連絡して、協力者を募った。
「いおちゃんに、どうしても会わせたい人がいるんだ。
 ほら、いおちゃんって、親がワケアリだろ。だから、表にでてこれない双子の姉妹がいるんだよ。
 いおちゃんそっくりの女の子。
 その子がどうしても、いおちゃんに会いたがってるんだ。
 ちょっと助けてくれないか?」
孝義からの連絡に、10名を越える人達が協力を承諾してくれた。
 そして、握手会当日、信良の部屋に集まった仲間たちの前に、まさに最近、LIVEでいおが着ているのとまったく同じ衣装を着たいおが姿を現した。
「おおーっ、神、降臨ですよ!」
「なんだこれは!本物としか思えん!」
「まじ、姉妹なんですか!?
 どう見ても本人なんですけど!」
 興奮しきっている仲間たちに、いおは感謝の握手と抱擁を交わし、全員と個別の記念撮影をした。
 孝義と親しい者たちはやはりAUCの中でも、いおのファンの者ばかりで、彼らにとっては、孝義や信良と同じく、蒼月いおは、天使なのだ。
「わたし、蒼月いおちゃんに会いたいんです。
 みなさん、今日はよろしくお願いします」
しおらしく頭を下げてお願いするいおに、メンバーは全員、全力でのサポートを約束した。
 信良たちの作戦はシンプルだった。
 通常の出入り口から握手会に参加し、全員で列に並び、こちらのいおの番になったら、全員で集めた三百枚を超える握手券をいおに渡して、時間を確保する。
 通常ならそれで一時間以上、いおと話せるはずだ。
 握手会全体の進行を妨げにならないために、別室での対応になるかもしれないが、それならそれでかまわない。
 そして、いざ、いおといおが一対一になれたら、あとは二人に任せる。と、いうものだった。
「菅原さんは、いおと一緒にいてくれないんですか?」
いおが不安げに、信良に尋ねた。
「そうだな、券を分けて、いおちゃんと菅原さんで、半分ずつだして、二人で同時でお願いしよう。
いおちゃんも、その方が心強いだろ?」
 孝義のその意見に異を唱えるものはいなかった。
 ここにいるこの女性は、もはや彼らにとっては、いおであり、そう呼ぶのを誰も止めない。
 どんなやり方にせよ、みんなのところへいおを連れてきてくれた、信良は、ここにいる仲間たちにとっては、信頼できる友となっていた。
(みんな、ありがとう。
僕は、いおちゃんがいおちゃんに会うのをちゃんと見届けるよ)
外見が分からないように、帽子、マスク、オーバーを着込んだいおを十数人の中年男性で囲んで、一行はAUCの握手会へ出発した。

 

   四、

(僕がこうして、いおちゃんといおちゃんを引き合わせるのは、運命だったんだと思う。
 博士も人間の人生など大いなる運命に踊らされているのにすぎない、って言っていた。
 僕が創った、いおちゃんは特別だから、運命の枠からも外れたところにいるんだ。
 だって彼女は、本物の天使なんだから)
各自百五十枚以上ずつの握手券を持ってきた、いおと信良は、希望通り、蒼月いおと二人まとめて個別で対面することができた。
 会場内の小さな個室は、いおと信良と、いおの3人きりだ。
 薄いドアの向こうにはスタッフがいるが、とりあえずいま、ここには3人だけ。
 信良がめくばせすると、一緒にいたいおは、帽子、オーバーを脱ぎ、サングラスとマスクを外した。
「え!!」
 声をあげたのは、それを見ていた。蒼月いおだった。
 いおが目をまるくして、いおを見ている。
「あなた、誰ですか?」
 自分と同じ姿形、衣装を着た人物が目の前にあらわれられて、いおは、あ然としている。
「わたし、蒼月いおです」
 吐息が触れ合いそうな距離で、いおが、いおにこたえた。
 信良は、黙って二人の様子を見つめている。
(やっぱり、いおちゃんはいおちゃんだ。
 二人は同じだ。
 僕は、やったんだ。
 僕は、天使を創ったんだ)
 静かな興奮に包まれて、信良は握りしめた拳に力を込めた。
「ちょっと、あの、すみません」
 初めからいる方のいおが、いまきたいおの手首をつかみ、彼女の手首へ引き寄せて、自分の手の平と並べて見比べている。
「嘘。手相、同じっ!!」
 自分の目で確認したらしい。
「あのー、わたしは、誰ですか?」
 信良が連れてきたいおが尋ねた。
 聞かれたいおは、ほんのすこし黙ってから、自信なさげに、
「蒼月いお、さん」
「はい」
 自分の名前を呼ばれた、いおが答える。
(いおちゃんが、僕が創ったいおちゃんをいおちゃんだと認めた。
 僕のいおちゃんは、いおちゃんに認められた)
 感激と興奮が極みに達したのか、信良はたちくらみを起こして、体勢が崩れた。
 頭がくらくらして立ってられない。
(僕はもう時間切れか。
 それならそれでもいいや。こうしていおちゃんを会わせることもできた。
 博士、いおちゃん、ありがとう)
膝の力が抜けて、横倒しに床に倒れた。
 体に力が入らない、無理し続けてきた身体に、限界がきたようだ。
 信良は、床に頭を預け、まぶたを閉じる。
(もういいんだ。
 全部、うまくいった。
 もういいんだ)
 暗闇に支配されつつある信良の意識に、二人のいおの声が響く。
「あの人、倒れてるけど、誰かスタッフの人、早く。うわっ、ちょっと、なに」
 がざがさと人のもつれる音、いおがいおを抱きしめたらしい。
「あなたは、この人に信じれないくらい愛されていたんですよ。
 あなたを天使だと思ってくれてる人が何人もいるんです。
 だから、わたしが生まれた。
 あなたには何人もの魔法使いさんがついてるのよ。
 それを忘れないで」
「え。あ、はい。えー。あなた、なにする気、ちょっと、誰か、早くぅ」
いおの絶叫じみた声の後、ドアの開く音、数人の足音、それから、
「お父さん。
 お父さんがいくみたいだから、わたしも行くね。
 お父さん、ありがとう。楽しかった」
 ぺしぺしと優しく頬を叩かれて、命の火が消える寸前に、信良が瞳を開けて見、聞き、感じたのは、裸体で信良を抱きしめるいおと、その言葉だった。
 信良はその場で絶命した。
 直後、会場は原因不明の停電に見舞われ、数分間、明かりが消えた。
 それが復旧した時には、もう一人の蒼月いおの姿は、どこにもなかった。
 菅原信良の遺体は解剖され、死因は老衰と診断された。
 実年齢四十歳のはずの信良の肉体は、百歳を超えた高齢者並みに疲弊しており、いつ亡くなってもおかしくない状態だったのが確認された。
 なぜ、そのような体をしていたのか原因は不明である。
 信良の遺骨は長年、離れて暮らしていた家族ではなく、友人の望月義之らが引き取った。
 なお、アイドル蒼月いお。本名は、荒木伊織。二十二歳は参考人として任意の取り調べを受けたが、今回の事件に関しては一切の関与はないと判断され、不問に処された。

 

   五、

 菅原信良が亡くなってから、数か月が過ぎた。
 信良がAUCの握手会会場で起こした事件は、インターネットを中心にさまざまな憶測を呼んでいる。
 事件の被害者とでも言うべき、蒼月いおは、あの日以来、心身の過労から芸能活動を休養しており、表舞台に姿を表していない。
 ファンの間でささやかれているのは、主に以下の五つの説である。
一 現在、最も深く信じられている説として、あの日、会場には、もう一人の蒼月いおが来ていた。それは、死亡した菅原信良が製造した人造人間の蒼月いおだったと言われている。
 いおの熱球的ファンだっち信良が、超過去の禁断の秘術などを使って、もう一人のいおを生みだし、あの日、二人のいおは対面したらしい。
 そこで精神的な衝撃を受けたいおがダウンして入院し、長年の夢がかなった信良は自殺したのではないか、と言われている。
 これらの説の根拠となっているのは、あの日以降、どこからか流出した蒼月いおのそっくりさんの画像が、ネツトなどで出回っていること、また、当日、会場で、もう一人のいおを見たという証言もある。
 だが、この説が正しかった場合、当日以降、もう一人のいおはどこへ行ってしまったのか、謎である。
二 上の説への反論的な説としてうたわれているのが、あの日、菅原信良がただ単に、蒼月いおの前で自殺しただけだった。という説もある。
 目の前での信良の自殺に、いおは、精神的なショックを受けた。そして錯乱した精神状態のいおが会場内をさまよっていた姿を目撃されたのが、もう一人のいおの真相ではないのか。
 一の説よりも、こちらの説の方が説得力がある気もするが、実際には、警察は信良の死はあくまで自然死だと述べており、そもそも、信良がいおの前で自殺しようとしたというのは、すべて、憶測、噂にすぎない。
三 蒼月いおには、これまで公けにされてこなかった双子の姉妹がおり、今回、彼女の親族の関係者である菅原信良が、親族の願いで、その姉妹といおを対面させただけである。
 いおは、自分そっくりな姉妹の突然の登場に、相当なジョックを受けた。
 会場内で目撃されたのは、いおの姉妹であり、一緒にきた信良が体調を崩して急死したため、騒ぎになるのを恐れた彼女は、一人で姿を消した。というもの。
 これはこれでありそうな話なのだが、そのいおの姉妹がどこへ消えてしまったのか、やはり謎が残る。
四 極端な意見として、実は、はじめから、蒼月いおは存在していなかったのではないか、という大胆な意見もある。
 日本人離れした色のしろさ、スタイルのよさ、いつもどこか物憂げで、神秘的な美貌、独特の響きと空気感のある声、そして謎の多い経歴など。
 蒼月いおは、すべてを含めて、プロダクションが創造、演出していた虚像であり、今回の一連の事件は、その彼女を引退=終了させるためのイベントなのではないか、このまま、長期入院するか、海外へ留学するなどして、蒼月いおという存在は消えてしまうのではないだろうか。
 いまは公式には休養しているだけなのだが、ファンの中には、いお引退に対しての抗議文を事務所に送ってくる者もいる。
五 最後の説は、あの事件以後、各地で蒼月いおの目撃談が報告されているという現象から、言われだしたものである。
 蒼月いおは複数人、存在する。
 彼女は、禁断のクローン技術で製造された理想的美女であり、自我をもったクローンたちが、研究施設を脱走して各地で目撃されている。
 これらの五つの説と、その他のさまざまな推測がネットでうたわれる中、望月孝義たち、あの日、信良と行動をともにしたメンバーは、今後の行動について悩んでいた。
 なぜなら、仲間の一人が、自分も信良のように、「自分だけのいおちゃんが欲しい」と言いだして、失踪してしまったからだ。
「あいつ、なにをする気だ」
「いなくなったいおちゃんを探し出す気か」
「いや、あいつはあくまで、自分のいおちゃんが欲しんだ」
 孝義の部屋に集まって、話し合っても、なかなか今後の指針は見えてこなかった。
 失踪したメンバーは景山徹。年齢は信良と同じ四十歳で、独身。収入のほとんどをいおの応援に費やす生活を送っている、言うなれば、孝義や信良と同じタイプの人間だった。
 他のメンバーが徹に聞いたところによると、「同じ年の信良が、あそこまでやれたのに、なにもできない自分が情けない」とこぼしていたらしい。
 徹は数日前から連絡がとれなくなり、同居していた家族が警察に捜索願をだした。
 孝義たちが心配しているのは、徹がいおを襲うのではないか、ということだった。
「徹さん。
 信良さんみたいに、いおちゃんを作るには、どんな材料を集めればいいのか、わからないから。
 いおちゃんを拉致して、髪の毛やフケとか、いおちゃんのいらない欠片を集めるんだって言ってました」
「言ってた。言ってた。なんか、もう、ヤバい感じだった。
 いおちゃんの欠片を食べれば、自分もいおちゃんになれるのかな、とか」
「そうそう。あれは本気だった」
 みんなの言葉を聞くうちに、孝義はどんどん不安になってきた。
 自分も、仲間たちも、普通にいおを応援するのとは、まったく違う方向へ進んでしまっている。
 このままでは、どんな事件が起きるかわからない。
「警察に連絡しよう。
 徹さんのことを伝えて、いおちゃんが拉致される可能性があるから、保護してくれって頼むんだ。
 タレント事務所だけじゃ、頼りにならない」
 もう動くしかないと、孝義が決意を口にしたその時、
 呼び出しのインターホンが二回、連続して乱暴に押された。
 室内に緊張が走る。
「望月孝義さん。開けてください。警察です」
 硬い男の声がした。
 室内にいた孝義たちは気づいてなかったが、孝義のマンションの周囲には、すでに数台のパトカーがとまっていた。

 猟銃を手にした景山徹が病室に入ってきた時、蒼月いおはベットで横になっていた。
 ここしばらく病院に入院して休養していたので、医師と看護婦、たまにくるマネージャーと母親以外の人間と会うのは久しぶりだった。
 いおは病院のVIP病棟にいた。
 熱心なファン仲間から情報を集めて、いおの居場所を探り出した徹は、猟銃と、短刀で武装して、いおの部屋へ突入したのだ。
 警察が徹の行方を追って孝義の部屋を訪れた頃、まさに徹は、いおの前にあらわれたとことだった。
「いおちゃん。AUCのファンクラブ会員の景山徹だ。
 イベントで会ったことあるよね」
「は、はい」
 急にそう問われて、徹の顔をくわしく思い出す間もなく、いおは頷いていた。
 ライフル銃を持った体格のいい中年男に、殺されると思った。
「いおちゃん。俺は、ファンなんだ。
 驚かせてごめんね。
 本当にごめんね。
 いおちゃんが本当に好きなんだ。
 わかってくれよ。
 いおちゃん」

    徹は両目から大粒の涙をぽろぽろと流しながら、いおに謝り、愛をうったえた。
「は、はい。わかりいます」
いおはとにかく怖かったが、化粧もしていない、髪もろくに整えていない、病院のパジャマひとつのこの状況では、心理的にも裸に近く、なにもできなかった。
「俺は、いおちゃんになりたいんだ。
 俺はいおちゃんが欲しんだけど、俺は信良さんみたいに自分だけのいおちゃんは創れないから、俺は、俺がいおちゃんになりたいんだ。
 俺、いおちゃんを食べれば、いおちゃんになれるかな?」
いおは、なにを聞かれてるのか、意味がわからなかった。
 徹は病室の床に指をあてて、そこにある埃や髪の毛を拾って自分の口へ運んだ。
 泣きながら徹は、いおのかけらを食べているのだ。
「こうすれば、これが栄養になって、俺もいおちゃんになれるのかな、食べたものが材料になって、人間はできるんだよね。
 なら、いおちゃんを食べれば、それが材料になって、俺はいおちゃんになれるのかな。
 し、心配しなくていいよ。
 この銃で、いおちゃんを殺したりはしない。
 でも、でもね、もし、いおちゃんが俺から逃げようとしたら、俺は、これで、きみを動けなくして、きみのケガを治療しながら、きみを食べる。
 少しずつきみを食べて、俺はいおちゃんになるんだ」
 いおにわかったのは、とにかく徹が危険な精神状態にある、ということだけだった。
 この人、このまま急に、私をあの銃で撃ったり、短刀で刺すかもしれない。
 想像すると、体が震えてきた。
 手の平を口にあてて、叫びだしそうになるのをおさえた。
 この部屋の状況をみんなわかっていないのか、看護師も誰も入ってこない。
 四つんばになって床を舐める徹を眺めて、ベットの上でいおは祈った。
「誰か、助けて。
 わたし、この人に殺されたくない。
 お願い、誰か、助けにきて!!」
「いおちゃん。俺はいおちゃんになりたいだけなんだよ!」
   徹は、わけのわからないことを叫んでいる。
 こんなものを目の前で見せられていたら、いおも頭がおかしくなってしまいそうだ。
「誰か、助けて」
 つい、口からこぼれたいおのつぶやきに、徹は動きをとめた。
 静かにドアが開いた。
 徹といお、二人の目が、そちらへ向けられる。
 開いたドアから、あたたかな空気が室内へ入ってきた。
 そこには、いおがいた。
 ベットにいるいおではなく、もう一人のいおが、足先まである白いローブをまとっている。
 いおはまず、しゃがんで、泣きじゃくっている徹の頭をかるくなで、そのあと立ち上がって、ベットのいおのところへきた。
「いお、さん」
    ベットのいおは信じられない気分だった。
「助けにこないと、あなたが死んじゃいそうだったから」
「あなたがきてから、わたし、頭がおかしくなりそう」
   立っているいおは、ベットに座っているいおの頭を肩で抱いた。
「大丈夫よ。しっかりして。あなたは天使なんだから」
「て、天使じゃないし。あなたは、いったい?」
「わたしは蒼月いお」
すっと体を離し、二人は、至近距離で向かい合った。
 そっくりどころかまったく同じ顔が二つ並んでいる。
「あなたは、人間じゃないでしょ」
いおはつい、もう一人のいおに聞いていた。
「そうかもしれない。でも、あなたがいるから、わたしは生まれたの。
ありがとう」
いおは軽く頭を下げて御辞儀をした。
「このお兄さんは、連れて行くね。
 わたし、もうこっちにはこれないかもしれないけど、頑張ってね。
いおちゃん。
もし、わたしがまたくるとしたら、今度はたくさんでくるかもしれない」
「たくさん?」
笑みを浮かべてうなづくと、いおは、いおから離れ、徹の肩を抱えるようにして立たせると、そのまま、徹と一緒に病室をでていった。
 いおは、ベットでそれを見送っていた。
 二人が行くと、室内に吹いていた微風が消えた。
いおと徹が消えた数秒後には、武装した一ダースの警官隊が、いおの病室に突入してきた。
 警官隊は、室内で景山徹を発見できなかった。
 看護師たちの証言で、徹がいおの部屋に入ったところまでは確認していたのだが、その後、警官隊がくるまでの数分間で、徹は逃走してしまったらしい。
「わたしには、なんにもわかりません。こたえたくもありません。いえ、こたえられないって言ったほうがいいかもしれません」
事情を聞かれても、いおはぼんやりとそう答えた。

 

   六、

 景山徹が起こした拉致事件で、蒼月いおの知名度は、これまで以上に高まった。
   ここ最近は、筑波つばさとのスキャンダル、握手会での大停電事件とスキャンダル続きのいおであったが、今回の事件は、猟銃を持ったファンによる病室の占拠という、話題性の大きなもので、いおはトラブルメーカーとして有名になってしまった。
 事件後、いおは心身の調子を崩したとして、芸能活動を休止し、アイドルも休業した。
 そして、いおは母方の親類が経営している地方の旅館に逗留して、休養生活を送ることにした。
 N県の山奥、外れにある小さな温泉旅館である。
 いくらなんでもここまで追ってくる者はいないだろうと、いおの家族も、所属事務所も考えたうえでの対処だった。
(わたしは、なんなんだろう)
    親戚の旅館の部屋で、毎日、いおは考えていた。
(あのもう一人の蒼月いおさんは、なんだったんだろう。
 あの人は、わたし、そっくりだった。
 まるで、わたしだった。
 あの人がいれば、わたしはいらないの?)
   自分ともう一人のいおのことをいくら考えても結論はでない。
(あの人がいるなら、わたしはいなくてもいいのかも)
    物心ついてから今日まで、自分なりに一生懸命、芸能活動してきたつもりだ。
 誉めてくれる人ばかりではなかった。バカにされたり、わけもなく憎まれることも多かった。
(でも、わたしが頑張ると、喜んでくれるみんながいるから、ここまでやってこれた)
 いおは、ファンには感謝している。
 ファンあっての自分だと思っているし、いつもそう言ってきた。
(だけど・・・。
 もう一人のいおさんは天使なのかもしれないけど、わたしは普通の人間で、特別なことなんかなんにもできない)
 いおは自身を失っていた。
 ファンのみんなが待っている場所に、自分は戻る資格がないような気がした。
 ある日、いつものように旅館の部屋で、物思いにふけっていたいおは、ふと視線を感じた。
 窓の外の森の中から、誰かが、こちらを見ている気がした。
 一瞬、病室で目にした徹の猟銃を思い出して寒気をおぼえた。
が、かすかな声がした。
 それは、森の中から聞こえてくる男たちの歌声だった。
「ね、だから、いっしょに、おねがいだから、ぶるーむーんへつれてって。
わたしもいっしょに、つれてって。
ぶるーむーんで、あいましょう。
   あなたとわたしは、いっしょだよ」
   男たちの声で合唱された、いおのソロ曲、「ブルームーンで会いましょう」だった。
   いおは思わず、窓を開けて、身をのり出して、森を眺めた。
「える、おー、ぶい、いー、あい、おー、いおちゃん。
いつも、いっしょだよー」
    男たちの声が、森の中から響き続ける。
「みんなぁ!!」
    いおは叫んでいた。
「おおおおおおおおおおおおお~!!!!!」
森がどよめくような男たちの感性。
 いおは懸命に目をこらしたが、木々の奥の男たちの姿は見えなかった。
(みんな、そこにいるんだね。わたしを応援してくれてるんだね)
「いおちゃん、待ってるよー」
「いおちゃん、ごめんねー」
「みんな、ついてるよ」
「いおちゃん、安心して」
「ずっと、ついてるよ」
    男たちそれぞれの声がいおのもとへと聞こえてくる。
 いおは、その声、ひとつひとつに、うん、うん、と頷いてこたえた。
 彼らの声を聞くたびに、体に力が満ちてくる気がした。
(みんな、みんな、ありがとう)
いおは涙を流しながら、精一杯、手を振って、森の中にいるはずのみんなにこたえた。
(わたしは天使じゃないけど、頑張るからね。こんなわたしを応援してくれて、ありがとう。わたしをいままで、ずっと支えてきてくれたのは、みんなのこの声と、想い。

みんながこうして応援してくれるから、わたしは、蒼月いおでいられる)

 

 AUC(Avant de devenir un adulte filles Club)最新情報
 蒼月いお、4代目AUCリーダーに就任。
 昨年末に行われた「AUCコンサート20XX 最後の秘密で、メンバー&ファンの投票で、蒼月いおが四代目にリーダーになることが決定、同日、AUC4代目リーダーに就任しました。
 三代目リーダーだった朧みつきの緊急引退後、約2年間、リーダーなしだったAUCですが、さまざまな出来事を乗り越えて、この苦しい時期をメンバー、ファンのみなさんと乗り越えてきた蒼月いおが、今後は、リーダーとして、より素晴らしいAUCのエンタティメントの世界を展開していくと思います。
 みんさんのこれまで以上の応援、よろしくお願いします。

 

 蒼月いおからメッセージ
「いおです。
 みんなに選んでいただいて、4代目AUCリーダーに就任することになりました。
ありがとうございます。
 いろんなことがありました。 
 正直、ここにくるまでに、わたしは何回も心が折れかけました。
 逃げたいとも思いました。
 でも、ファンのみなさんがわたしを支えてくれました。
 わたしは、なんの力もない、ただのちっぽけな女の子です。
 ファンのみなさんのおかげで、ここに、こうして立っていられるんです。
 みなさんは、わたしをハッピーにしてくれる魔法使いさんです。
 ファンのみなさんは、わたしにとってお父さんみたいなものです。
 メンバーとファンのみなさんとここまで、歩いてきました。
 まだまだ歩き続けるよ!!
 魔法使いさんたち、元気ですかぁ?
 いおは、頑張っちゃいますから、みんなついてきてね!! 
 一緒だよ」

END

☆☆☆☆☆

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

「いおちゃん」はこれにて完結です。
「いおちゃん」トータルで16249文字になりました。
旧版の9192文字から7057文字の増量です。

わかりやすい変更点としては、旧版が4章で完結していたところを2章増やして、全六章となった点でしょうか。

自分なりに、「いおちゃん」でやりたかったことは全部、詰め込めた感じです。

もし、続編を書くなら、タイトルは「いおちゃん48」や「いおちゃん∞」になるかもしれませんね。

長さ的には、ほんの短いものですが、こうして小説を書けて、読んでくださる方がいらっしゃるるのは、本当に幸せです。

脳出血で死んだかと思って、いろいろ障害も残ったけど、生きててよかったです。

結局、年始から頭の中が「いおちゃん」に支配されていたので、これが終わってようやく年が明けたというか、本年がはじまった感じです。

明けまして、おめでとうございます。

本年も生きますね。

それでは、失礼します。

2018年1月8日・月・成人の日・正午。「いおちゃん」完結」。本気で本。


これまでのブログ同様、ご意見、ご感想、お待ちしてます。

 

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