100-24 その家-1
誠がその家を知ったのは、ある相談を受けてからだった。
「そのアパートに住むようになってから、おかしなめにあうんです。
まじめに考えると、自分が頭がおかしくなったような気がして。
こういうところに相談に行くのと、精神病院へ行くのと、どちらにすればいいんですかね?」
見たところ20代のまじめそうな青年は、いま住んでいるアパートで毎夜、奇怪な体験をしているという。
「俺、霊とか信じてないんですけど、信じざるを負えないというか。
そうしたら、ネットで調べたら近所にここがあって、鈴木先生はTVにも出てらっしゃる有名な霊能者さんなんですよね?」
「有名かどうかはわかりませんが、過去にTVに出たことはあります」
誠はいつもそうだが、初対面の相手に、自分の力のことを、さらにアピールしたりしない。
自分はパフォーマーではないし、一番、重要なのは依頼人の悩みを解決することだと思っているからだ。
「先生。俺の部屋へ一緒にきてもらえますか?」
断る理由もないので、誠は依頼人に同行して、彼が住むアパートへむかった。
電車に乗って歩いて、小一時間ほどでアパートに着いた。
「ここです」
「なるほど」
それはたしかに、見るからに奇妙な建物だった。
もともとの日本家屋に、増改築を繰り返して、敷地いっぱいに拡大したような感じだった。
「ここは何階建てですか?」
継ぎ足しの継ぎ足しで、塔のようなものもはえていたりして、見ただけでは何階建てなのかもはっきりしない。
「1番高い部屋は12階とか言ってました。
地下もあるんです。
大家さんが増築が趣味でこうしてしまったとか。
ただ、ここ、家賃はものすごく安いですよ。
だから、俺も入ったんですが」
依頼人に案内されて、誠は建物に入った。
依頼人の部屋は、五階にあるらしい。
「階段を使うと迷うんで、エレベーターで上がります」
複数の棟をつなぎ合わせているので、上下を結ぶ直線的な階段が存在しないらしい。
エレベーターで誠たちがたどりついたのは、古びいた6畳の和室だった。
いちおう小ぶりのトイレ、風呂とユニットバスがついている。
部屋に入る前に、彼はドアの前に貼った紙をはがして、誠に渡した。
「なんですか?」
「御守です。友達に相談したら、はっとけって言われて」
見ると紙に手書きで紋章のようなものが書かれている。
「これ、貼っといたら、朝になったら、上下逆になってました。
やはりここにはなにかいるんですよ」
「その御守にどんな効能があるのか僕にはわかりませんけど、むやみに相手を刺激するようなことはやめた方がいいと思いますよ」
「す、すいません」
誠にやんわりと注意され、依頼人は、御守を畳んでポケットにしまった。
「どうぞ、中へ」
通された部屋には、これといった家具もなかった。
依頼人がいうには、ここで布団を敷いて寝ていると、
「起きると、体の向きが180度、変わってるんです」
「ご自分で変えられたんじゃなくて、ですか?」
「はい。自分じゃないです。180度ですよ。普通、ありえませんよね」
依頼人は、それが何日も続くので、いまでは引っ越しも考えているという。
「では、僕としては、一晩ここに泊めていただきたいのですが、いいですか?」
誠の申し出を依頼人は快諾した。
その夜は依頼人は友達のところに泊めてもらうので、誠にその部屋での一夜を体験してほしいという。
誠は依頼人の部屋で一泊することにした。
持参したスウェットに着替えて、電気を消して、布団に入った。
特に以上はなく、すぐに眠りに落ちた。
深夜、いきなり目がさめた。
起きた瞬間、自分の頭がさっきとは違う場所にあるのに気づいた。
上体を起こして確認した。
たしかに180度回転していた。
布団の中で誠だけが、回転していたのだ。
枕は動いておらず、いまは誠の足の先にあった。
なんだこれは。
わけがわからない。
これが毎夜、続けば、頭がおかしくなりそうにもなるだろう。
誠は、1度起きて、再び、初めに寝た時のむきに体を戻して、眠りについた。
夢も見ずによく眠れた。
翌朝、目をさますと、また体が180度回転していた。
いつの間にこうなったのか、記憶はない。
誠の様子を見にきた依頼人に、誠は素直に状況を伝えた。
「すみません。
僕にもわけがわかりません。
これは、この建物の歴史とかも関係していると思いますので、よく調べないとなんとも」
「大丈夫です。
わかりました。
自分は引っ越します」
誠が自分と同じ体験をしたと聞いてすっきりしたのか、依頼人は、引っ越しを決めてしまった。
誠としてもそれを止める理由はなかった。
そして、彼は引っ越す前に、誠のところへ別の友人を連れてやってきた。
「先生。こいつ、Yって言います。
こいつ、あの部屋に泊まっても、なんにも起きないんですよ。
だからこいつ、俺の次にあの部屋に入るそうです。
もしまたなんかありましたら、よろしくお願いします」
「あの部屋では、僕はなにもできませんでしたが、鈴木です。
よろしくおねがいします」
「俺、霊とか全然平気なんですよね」
Yは豪快な感じの男だった。
依頼人が引っ越し、そこでYが暮らしはじめて数週間後、誠のところへYから電話がきた。
急に救急車で運ばれて入院することになったらしい。
「先生。あそこには、なんかいるかもしれません」
内臓が腐っていると診断されたというYは、電話で弱々しく誠に告げた。
END
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24話めは以上です。
場所にまつわる話です。
気味の悪い場所や建物、どなたでも一つや二つはご存知ではないですか?
これまでのブログ同様、ご意見、ご感想、お待ちしてます。