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映画ブログに関するたわ言・・・結局、自分はなんのために映画ブログを書くのか考えてみた

こんにちは。本気で本です。

題名通り、結局、自分はなんのために映画ブログを書くのか考えてみました。

 

映画を観るのが好きだから、その感想を文章にしたい。

 

これはまぁ、大正解ではあるのですが、じゃ、毎回それだけで文章を書けるか? と問われると、それだけではない気もします。

 

大問題として、「そもそも、僕はなぜ、映画を観るのか?」

 

子供の頃、親に映画館に連れて行かれてから、習慣的に映画を観るようになって、気がつけば40後半になってしまった。

これも正直なところです。

そこには当然、映画館という空間が好きで、そして、部屋で一人で映画を観るという行為も好きである、というのがあります。

さらに自問自答します。

 

問題を小分けにします。

 

小問題1として、「映画館のなにが好きなのか?」

 

経営者側の視点で考えると映画館は、人々をそこに集めて映画を観せ、入場料をとる場所です。

つまり人に映画を観せてお金をとるための施設なわけです。

 

それってすごくないですか?

 

映画を観せて、お金を儲けるためだけに莫大な投資をしてあんなものを建設、運営するんですよ。

すごいビジネスだなぁ、と僕は思います。

言っても映画は生活必需品じゃないし、多くの人からすれば、あってもなくてもかまわないものじゃないですか? そんなものに、お金を儲ける目的で、あんなに手間ヒマかけるのはすごいです。

極めて常識的に考えると、映画館というあの空間は、ムダと贅沢のかたまりです。

ごくごく平均的な一個人に、必要か否かを問えば、どうしてもアレが必要という人はあまりいないでしょう。

個人で映画を楽しむだけなら、ホームシアターで、なんならPS4のVRのシアターモードで十二分に贅沢だと思うし、それ以上は必要ないと僕も思います。

映画館は僕個人としては、映画好きの人のための異物となります。

普通でない異物だから行きたくなる、というのはあります。

異物というか異世界です。

正直、TDRも映画館もどちらも同じ異世界です。

日常のストレスのはけ口として、異世界が愛されるのも、TDRも映画館も同じですね。

 

小問題1の解がでましたね。

 

「映画館が日常から離れた異世界だから、僕はそこが好きである。」

 

です。

 

ハードの問題はとりあえず答えがでたので、次はソフトの問題です。

 

小問題2、「どうして映画を観るのか?」

 

ですね。

 

映画館という入れ物を愛しているとして、内容物である映画はどうなんでしょう。

僕は、映画のなにが好きなのでしょうか?

前提として、さすがに映画そのものが好きでなければ、わざわざ入場料を払って観に行ったり、ソフトを購入やレンタルしてまで観たりはしません。

忙しい忙しいと言いながらも、なんのかんのと一日一本ぐらいは、切れ切れでも映画を観たり、チェックしたりしています。

なぜ、そこまで映画にこだわるのか? 具体的になにに惹かれているのか?

ここらへんからは、僕の個人的な、ある種、生理的な問題かもしれません。

僕の場合、見ず知らずのこの世界のどこかにいる誰かが、企画を立て、お金を用意し、脚本、キャスト、スタッフを揃えて、時間をかけて撮影した。

それが僕個人の目の前まで届くいたという事実に、まず感動します。

時には数十年の時を越えて、それは僕の前にあらわれます。

それだけでもある種の奇跡のような気がしませんか?

自分の想いを映画にして、人に伝えるというのはハンパなく大変なことだと思います。

やりたくても、簡単に実現できることではありません。

話がひろがりすぎている感がするので、少しまとめましょう。

僕は映画という表現形式が好きなのです。

人が作るものなので、個々の作品の良し悪しは当然ありますが、それが映画という形で完成して、僕の前まで来てくれた時点で、第一段階はOKなのです。

「そこまで映画自体が好きなら、どんな映画も観たいわけ?」

と問われれば、基本的にはYESです。

僕に、時間とお金にそれだけ余裕があれば、目にできるすべての映画を観てみたいとさえ思います。

しかし、さすがにこれはムリなので、そこではばかりながら、自分が観た映画をランクづけして、一度観たらおそらくもう二度と観ない映画と、それ以外を自分の中でわけていきます。

二度と観ないと決めた映画の監督、スタッフ、キャストの作品は、他のものも観なかったりもします。

これはあくまで僕個人の主観なので、多くの人とは作品に対する評価が異なる場合も多いと思います。

映画と観客個人の相性というのはそれぞれ必ずあると思いますので、ある種の映画を観て自分の価値観を確認することで、自身のアイデンティティを確かめる方もおられるかと思います。

 

小問題2の解は、

 

「表現形式として映画が好きだから」

 

ですね。

 

 

小問題1、2のどちらの解も結局、「好きなだけかい!!」という感じです。

こんな映画ファンの僕ですが、映画に対する自分のスタンスをまとめてみて、自分にとって意味があり、なおかつ、それを読んだ人にも意味不明にはならない映画ブログのカタチがおぼろげに見えてきました。

新作映画に追われることなく、自分が観てきた映画の思い出や感想をアルバムのように書き、できれば読んでくれた人にその映画への興味を持ってもらう、そんな手軽に読める映画ブログが自分にとって理想かな、と思います。

自分が映画が好きで、映画に助けてもらって生きている感覚があるので、宗教の布教じゃないけど、「映画っていいものだよ。観ないより、観た方がいい」と声を大にして叫びたいところだけど、年齢的にもそれは少しはばかられるので、同好の士の方、興味を持ってくれそうな方に、そっと、「映画っていいんですよねぇ」と語りかけたいと思います。

蛇足ですが、僕自身、映画に関する文章を読むのは好きなんですけれども、年をとったせいもあって、ハデハデしいものよりも、また、暗くてマニアックすぎるものよりも、書き手が自然体で映画への愛を語っているようなものが現在の好みです。

であるからして、現在の映画に関する活字で男性中心に人気がある、映画ファン=ボンクラ男子というノリもあまり好きでなくて、ボンクラよりも僕はオタクと呼ばれる方がまだしっくりきます。

ボンクラは、なんとなく男性に特化しすぎているような気がして苦手です。

オタクもそう(男性向き)かもしれないけど、映画オタ、ミステリオタ、小説オタ、格闘技オタと呼ばれた方が、ボンクラ男子と呼ばれるよりも、いいですね。

これは、僕が実際に他者を「オタク」と呼ぶ、マニア、ファンの人たちがいる環境で育ったせいもあると思います。

30年くらい前の文化系大学サークルは、ガチで男子も女子も「オタクさぁ~」とか言ってました。

 

さて、長くなりました。

 

あれこれ思巡しましたが、僕なりの映画愛に満ちたブログを書いていきたいと思います。

映画ブログというのは多くの場合、そのブロガーさんそれぞれの映画愛のあらわれだと思うので、迷ったら、自分の愛を見つめればいいのかと、今回、思い至りました。

というわけで、スタイルその他でいろいろ迷ったあげく、今後とも映画に関する ブログ記事を書いていきますので、よろしくお願いします。

失礼します。

 

(本当は本に関するブログをやりたいのだけど、脳出血の後遺症で自分の読書力に自信がなくて映画に逃避している本であった。

ハンッ、いまではすっかり私にブログも丸投げ状態なのにやで。言い御身分や。by.cyojo)

 

僕は長女さんにこのようにあしらわれておりますが、忘れないで下さいね。

 

 

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