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考えみれば、30歳の時、横にいた友人は、もう、みんな死んでしまった。

こんばんは。

本気で本です。

いまさっき、JR駅から家まで歩いて帰ってきました。

 

そこで夜道を1人、とぼとぼ歩いていると、そういえば、いまから17年くらい前、僕が30で、幼なじみの地元の友達たちも30だった頃、ちょうど精神疾患が原因で会社を辞め、社会からドロップアウトしているような状態だった彼らと一緒に、毎朝、早朝にランニングしたり、空手の稽古をしたり、ウェイト・トレーニングしたりしてたよな、と思い出しました。

あの頃、彼らと走った道を、早朝に忍び込んで校庭で空手の稽古をしていた幼稚園の横を、17年後のいま、僕は1人で歩いている。

2人は、1人は母親を隣に乗せたまま、対向車線に突っ込んで正面衝突でほぼ即死。100まで生きると豪語していたお母さんを連れていってしまった。

1人は何度も自殺未遂をしたあげく、昨年の9月に行方不明になってそのまま音信不通。最後に携帯の電波がキャッチされたのが山梨県側の富士の樹海でした。

僕はまだ生きてます。

「いろいろ苦しいけど、僕だけ生き残っちゃったよ。

僕も死ねば、おまえらと同じ所へいって楽になれるのかな?」

心の中で彼らに問いかけると、

「いや、本、死なない方がいいぞ。

生き続けていれば苦しかった時期はいずれ笑い話になるけど、死んだら、苦しむことさえ感じられなくなるんだ。

本当になにもかも失うんだぞ」

「本さん。自分が言うのもなんだけど、死んじゃだめだ。

生きてれば、なんでもできる。

俺だって、いま考えると生きてた方がよかった」

自演といえば自演なのですが、かってはいつも隣にいてくれた彼らが、おそらく口にするであろう言葉が、僕の心に浮かんできました。

「無理に自分で死のうとせずに、寿命で死ぬまで生きろ!!」

気がつくといまはいない友達たちから、そんなメッセージをもらった気がしました。

自殺する気なんかなくても、幼い頃から親しかった友達が、2人もそっちにいるとなると、僕もあっちへいけば楽かな? とふと思ったりもします。

しかし、僕の中にいる死者たちは、まだくるな、と言っていました。

2018年、初冬の夜道で死者と交わした会話でした。

明日も生きます。

おやすみなさい。

日記だけだとあまりに暗いので曲を貼り付けまいた。

バンド名がシャンペインだった頃のアレキサンドロスの曲です。

彼らの曲ではこれが一番好きですね。

 

 

 

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