100-13 「きみを食べたい」
「で、相談というのは」
「いきなり、すみません。あのう、私、ちょっと困ってて。
友達に話したら、そういうことなら、鈴木さんがプロだって」
「プロかどうかは知りませんが、一応、拝み屋を営んではおります。あなたのお悩みの役に立てるかどうかは、まだ、わかりませんが」
待ち合わせのカフェに現れたのは、清楚な感じの女子大生だった。
彼女は、知り合いの紹介で誠に会いにきたのだ。
そもそもその知り合いというのは、以前、誠がお祓いをしたお宅の娘さんで、今日の彼女は、その娘さんの同級生なのだそうだ。
「じゃ、話していいですか?」
「どうぞ」
「えっとですねぇ、自分からはちょっと言いにくいんですけど、私、モテるんです」
「はぁ」
「それは、よかったですね」とつい言いかけて、誠は口を閉じた。
たしかに、品のいい大人しい感じの彼女は、同年代の男性にも人気があるだろうな、とは思う。
「これ、私がもらった手紙です」
彼女はバックから封筒の束を取り出して、テーブルの上にドスンと置いた。
ざっと見ても、分厚い封筒が10通以上はある。
「ラブレターですか?」
「いただいたんで読んだんですけど、これ、まるで私の研究レポートなんです」
「あなたについての研究ですか?」
「そうです。
私の目がどうとか、歯の形がそうとか、笑い方がああしたこうしたとか、恋愛というよりも、生物として、つぶさに観察されている感じなんです」
「中、見てもいいですか?」
「どうぞ」
封筒を手に取ると、それらはずべて同じ人物が差出人だった。
差出人のAは、毎回、便箋を数枚にわたって、彼女についてのつぶさなレポートをつづっていた。
「これ、交際して欲しい、とかじゃないですよね?」
「そうなんですよ。
私、はっきり言って、いろんな人に告白されたりしてるんですけど、こんなの、この人しかいなくて。
Aくんは、大学の同級生なんで、直接、彼に聞いてみたんです」
「Aくんはあなたに何と?」
「Aくん、何度も手紙くれたりして、私のこと、好きなんだよね?、って」
彼女は外見にあわず、なかなか積極的な面のある性格のようだ。
「「好きだよ」って、あっさりいいました。
でも、それじゃ、私、納得できなかったんで、「私のなにがどう好きなのか説明して」って、聞きました」
「なんでまたそんなことを。
彼と付き合う気がないのなら、ほっとけばいいじゃないですか?」
「それはそうかもしれませんけど、でも、こんなヘンな人、他にいないんで、何考えてるのかな、って。
Aくんって、私には手紙書くけど、大学では成績が良くて、秀才として有名なんですよ」
「それで、どうなりました?」
誠は彼女の好奇心に、すこし呆れていた。
ナイーブな青年が、やや偏執的に彼女に恋しているだけなのだから、ヘタに刺激せずにそっとしておいてやればいい、と思った。
「彼の方から二人で会って話したいって言ってきたんで、ちょっと怖かったですけど、彼の下宿へ行きました。
いくらなんでも、暴力は振るわないだろうし、私、こうみえても、空手やってるんで、Aくんぐらいなら、襲ってきても、倒せると思って」
「それで部屋まで行った、と」
「はい。そうしたら」
彼女は言葉を切った。
「あのね、先に言ってしまいますけど、好奇心、猫を殺すって、言葉、知ってますか?」
誠は彼女に尋ねた。
彼女の行動から誠が連想した言葉だ。
「おもしろがって、危ないところへ首を突っ込むのは、愚かしいですよ」
「は、はい。すみません。いまは、反省してます」
彼女がちょこんと頭を下げた。
Aくんの部屋でなにかあったらしい。
「そこで、なにがあったんですか?」
「彼の部屋へ行ったら、Aくんが話し始めました。
Aくんにとって、私は理想の女の子なのだそうです。
私の全部が好きで、その魅力をもっとよく知るために、レポートを書いたりしたんだそうです。
そして、Aくんは、「僕がきみからもらったものだ」と言って、私の髪の毛や切った爪、フケや皮膚のかけらなんかを並べだしました。
きみのことが好きだから、きみの破片をこうして集めてしまった」
「おいおいおい」
あまりに呆れた展開に、誠は顔をしかめた。
「Aくんは、私の前で、私の髪の毛と皮膚を食べました。
そして、きみを食べれば、僕はきみになれるかな。
僕は、きみが好きすぎて、きみになりたいんだ。
って」
頭おかしいだろ。
誠は返す言葉もなかった。
「鈴木さん。
Aくんが、ああして私のかけらを食べてると、彼は、私になってしまうんでしょうか?
人間は、食べたものが原料になって、できてますよね。
私が原料なら、その人はやっぱり、私みたいになるんでしょうか?」
彼女のどこかうつろな目つきに、誠は不安を覚えた。
Aくんの異常な愛し方に、彼女の精神はダメージを受けているのかも。
「好きな人を食べてその人になろうとするのって、呪いの一種ですか?」
「僕は知らないけど。
でも、Aくんがきみになることはないと思うよ。
彼とは距離をとって、かかわらない方がいいよ。
なんなら、ストーカーとして警察に言いに行った方がいい」
「警察じゃ意味ない気がします」
彼女は、顔をあげ、誠をまっすぐに見つめた。
「だって、最近、Aくん、たしかに私に似てきてるんです。
仕草や顔、体つきがなんとなく。
鈴木さん。
これって、私、Aくんに食べられてるんですよね。
犯罪でしょうか?」
END
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13話めは以上です。
この100物語は、私が聞いたり、体験してきた怪談と創作のミックスみたいな感じです。
これまでのブログ同様、ご意見、ご感想、お待ちしてます。
今日も楽しいですね。