100-32 地震?
残業だった。
オフィスに残っているのは二人だった。
私は自分の机でやり残した事務仕事を片づけていた。
女性事務員のMさんも、また自分の席でパソコンにむかっていた。
私たちの会社は雑居ビルの一階にある。
12階建てのビルだ。
夜も8時すぎのこのくらいの時間になると、どこのオフィスにもほとんど人は残っていない。
私たちは2人とも、黙って仕事に集中していた。
予兆はなかった。
ドーンとすさまじい音がして、私たちのオフィスが揺れ、
縦、横、両方から衝撃を加えられた感じだ。
一瞬、私は、ビルに車が衝突したのかと思った。
以前、このビルの壁にバイクが激突した時も、すごい音がして、オフィス全体が揺れたのだ。今回は、その時よりも音も大きく、衝撃も激しかった。
「あの、いまの・・・?」
Mさんが席を離れ、不安そうな表情で私のところへやってきた。
「うん。車かバイクがぶつかったのかな? ビルの管理の人たちが見に行くと思うけど。へたに外にでずに、ここにいた方が」
私の言葉をさえぎって、もう一度、音が響いた。
そして、揺れもきた。
ドーンという、地鳴りのような音だ。
「おい、いったい、なんなんだ??」
私は、ついつぶやいていた。
しかし、ビルの外に飛び出して、事故に巻き込まれるのは、ゴメンだ。
「あの、Mさん、しばらく待ってから、一緒にビルを出よう。
今日の作業は、もう終わりにできるよね?」
「はい」
Mさんが頷く。
私たちが身支度を整えて、オフィスを後にしたのは、それから数分後だった。
関係者用の夜間出口から、ビルを出ようとした。
と、出口の前には、警察のKEEP OUTと印刷されたテープが張られていた。
私たちのビルは、いつの間にか、パトカーに囲まれ、四方にKEEP OUTのテープを張り巡らされていたのだ。
そして、
「きゃっ!!」
アスファルトをみて、Mさんが声をあげた。
ビルの前の、街灯に照らされたアスファルトは、真っ赤に染まっていた。
あたり一面、赤だ。
「はい、すみません。いま、こちらからは、出られませんよ」
若い制服警官が、私たちに寄ってきた。
「どうしたんですか?」
「ビルの上から、人が落ちました。二人です。
中にいて、気づかれませんでしたか?」
人が落ちた?
私とMさんは、顔を見合わせた。
「事故ですか? 自殺ですか?」
「さぁ、わかりません」
警官は、くわしいことは教えてくれなかった。
私たちは普段は使わない、非常用の出入り口からビルを出た。
翌日、ビルの管理センターから、昨夜、ビルに忍び込んだ部外者の男女が12階から飛び降りたというのをきいた。
しかし、男女の生死については教えてもらえず、あれから、ビルの周辺では、血まみれの女がふらふら歩いている、という噂がささやかれるようになった。
幸い、私はまだ、血まみれの女と出会っていない。
END
☆☆☆☆☆
32話めは以上です。
この100物語は、私が聞いたり、体験してきた怪談と創作のミックスみたいな感じです。
今回のは実話です。
体験者は、私(本気で本)と長女です。
この時、聞いた音と衝撃はいまでも忘れられません。
アスファルトが人の命を奪う音です。
また、こういう事件は、あまり報道されず、新聞にもNEWSにもほとんど報道されなかったったのが、いまでも不思議です。
そういうものですかねぇ?
これまでのブログ同様、ご意見、ご感想、お待ちしてます。