100-43 戦車
新しい戦争がすぐ側まできているかもしれない。
現在よりも、40年ほど前、古い戦争の記憶が町の各所に、まだまだ生々しく残っていた頃、私は、どこにでもいる普通の子供だった。
21世紀のあれこれうるさい現在から考えるとありえないような建物が、あの頃はまだ、そこらに建っていた。
私が友達と遊びに行く、町内にも、打ち捨てられた廃病院や、放置されている山の中の防空壕、ゴミ捨て場と化している廃寺などがあった。
私は、日々、それらを友達と探検に行ったりしていた。
そんな中で、40も半ばをすぎたいまでも不思議に思うことがあるのが、公民館の倉庫だ。
あの建物も、いまはもうない。
当時もありはしたが、すでに老朽化していて、ほとんど使われていなかった。
木造平屋建ての狭くて小さな公民館の横にたてられた、同じく木造の古びた小屋がその倉庫だ。
そこは普段、入ってはいけない場所とされていた。
昔のもの、普段使わないものが雑多に置かれているので、危険なものがあるかもしれないし、子供たちは立ち入り禁止だった。
その日、私は、いつものように友達たちと一緒に町内を歩いていた。
すると、その公民館のあたりをクンちゃんがうろうろしていのを見つけた。
クンちゃんは、年齢不詳の老人男性で、たぶん、浮浪者だった。
日中昼間から町内を徘徊して、大声でわけのわからないことを叫んだりしていた。
髪はのび放題のぐしゃぐしゃで、オマケにヒゲづらだった。
そんなクンちゃんが、私たちの前で、公民館へ入っていった。
私たちはクンちゃんを追いかけた。
公民館でなにか悪さをするかもしれない、止めなくちゃ、という感じだった。
平日の公民館いは誰もいなかった。
なざ、出入り口の扉の鍵が開いているのか、不思議だった。
私たちが中へ入ると、クンちゃんは、私たちの前に立って言った。
「おまえら、倉庫の中、見たことないだろ。
見せてやるから、こっちこい」
クンちゃんは私たちを従えて、倉庫へと移動した。
なぜか、倉庫の鍵も開いていた。
倉庫内はほこりっぽかった。
とにかくカビ臭かった。
倉庫には、いろいろなガラクタがあり、古新聞がつまれていた。
クンちゃんは、私たちの前で、古新聞の束を倉庫の隅に集めはじめた。
古新聞の束が、かどっこに集められていく。
古新聞をのけると、床に敷かれた畳がむきだしなった。
畳も古くて、けばだって、ボロボロになっていた。
私たち子供は、畳をみて興奮していた。
「倉庫の床ってこうなってたのか、すげー!!」
「なんだこの畳、超古いぜ!!」
そんな私たちを指揮するように、クンちゃんが新しい指令をくだした。
「畳をはがすぞ。この下には水がたまってるはずだ。水の中に落ちるなよ」
畳をはがす?
水?
私たちは首をかしげながらも、クンちゃんに従って動き、古い畳をはがして、壁に立てた。
畳の下は、板の間だった。
クンちゃんは黙々とその板もはがしてゆく。
すると、板の下には、暗い水面が広がっていた。
「水に落ちるな。さわるなよ」
もう一度、クンちゃんが指示をした。
水は臭かった。
私たちは手で口を押えたりしながら、板をはがした。
ある程度、板をはがすと、倉庫内の3分の2くらいが水面になっていた。
「クンちゃん。これ、どうするの?」
「ねぇ、クンちゃん」
返事はなかった。
気づくとクンちゃんはいなくなっていた。
私たちは怖くなって倉庫から出ようとしたが、倉庫は鍵がかかっていてでられなかった。
やばい、閉じ込められた。
私は軽いパニック状態になった。
どうすればいいんだろう。
この水の中に出口はあるんだろうか。
互いに不安そうな顔を見合わせた。
「水の底を抜け。戦車があるぞ」
どこからか、クンちゃんの声がした。
戦車!!
クンちゃんの言葉に少年たちの気持ちがわきあがった。
公民館には戦車が隠してある、そんな噂をどこかで聞いた気がした。
戦争で使った戦車をいざという時のために公民館に隠してある。
クンちゃんは、戦車の守り神なんだ。
私たちはそんな気分になっていた。
何人かが、服を脱いで、水の中へ飛び込んだ。
私は、仲間の服を持って倉庫の隅にいた。
潜った子が顔をあげて、
「暗くて、なんにも見えねぇ。戦車、どこだよ」
「けっこう深いぞ。水、冷てぇ」
しばらく、潜ったり、顔を出したりを繰り返したが、戦車は見つからなかった。
やがて、外側から倉庫の扉が開いた。
倉庫から水があふれていると、近所の人が通報して、警察が様子をみにきたのだ。
私たちは全員、警察官にきつく注意された。
しかし、私たちの話を聞いた警察官たちがクンちゃんを探したが、クンちゃんは見つからなかった。
警察官によるとクンちゃんは、ここ数日、姿が見えなかったらしい。
町中の公園や地下道をすみかにして生活しているそうだが、この町からいなくなることはこれまでなかったのだ。
クンちゃんが発見されたのは、倉庫の水を全部抜いた後だった。
倉庫の底にクンちゃんの遺体はあった。
遺体の状態からして、亡くなってから数日が経過していた。
倉庫に忍び込んで、溺死したと思われたが、どうやってそこまでいったのか、誰にもわからなかった。
後に、クンちゃんは昔、軍隊で戦車に乗っていたという話を誰かから聞いたが、いまだに真偽はわからない。
END
☆☆☆☆☆
43話めは以上です。
この100物語は、私が聞いたり、体験してきた怪談と創作のミックスみたいな感じです。
昔、不思議な人が近所に住んでいたしましたよね。
その人の素性や過去について、都市伝説めいた話がささやかれる人。
クンちゃんは私の記憶の中にいる、そんな老人がモデルです。
みなさんのご意見、ご感想、お待ちしてます。